Library Friends日野 第9号
2007年2月26日
も く じ
 
としょかんと私

☆ 通信内で使用させていただいたカットは、堀田敦子さんと大山菜々子さんの作品です。
 ご協力ありがとうございました。
 
& としょかんと私 bV &
小林卓(南平在住在住)
 わたしは1965年、日野の図書館と同じ年に生まれた。生まれは横浜だったらしいが、1歳の時に、日野に越してきて、以来多少出入りがあったが、人生の半分ぐらいを日野で過ごしている。
 図書館体験の最初は、今はない七生支所の2階の分館だったと思う。大きなストーブが真ん中に置かれていたのを覚えている。とても読書家だった2つ年上の兄の影響でよく図書館を利用するようになり、自転車で荷台にいっぱい本をくくりつけて中央図書館にも行くようになった。小学校の時、ネズビットの『砂の妖精』という本を読みたくて、図書館になかったので兄に言ったら、「リクエストすればいいんだよ」と教えられた。「移動図書館」のハンコがある本が手元に届いたとき、図書館はこんなことができるのだとびっくりした(その後、よその市からも借りられることを知ってさらにびっくりした)。

 ご多分にもれず、中学・高校時代は部活にいそしみ、特に高校時代はサッカーの朝練で朝6時に家を出て、帰りは駄菓子屋でのダベリなどもあって、夜9時に自宅に帰るような生活で、次第に図書館から遠ざかっていった。
 再び日野の図書館に「出会った」のは、関西の大学に進学した後の、塩見昇先生の「図書館活動論」の授業であった。ある日、授業に遅れて出席した私は、最初の説明を聞かないままに、教室で「図書館のこどもたち」の16mmを上映している中に入っていった。そして、「このカウンターしってる!」「この書棚しってる!」と興奮した。塩見先生のその後の説明で日野の図書館の優れた活動を知って日野の図書館を再発見した。子どもにとっては、自分の住んでいるものがすべてで、他所と比較するすべなど知らない。あたりまえのように享受していた日野の図書館の活動が全国の牽引車だったことを知り、授業の後、塩見先生に「あのー、私、日野の出身者なんですが」と言ったら、「じゃー、これを読みたまえ」と、関千枝子さんの『図書館の誕生』であった。読んでみて「新しい」と思った。「新しい」とは、文字通り新規のものに出会うときにも、もちろん感じるが、自分がなじんでいるものの価値を新たに見つけるとき、人はしみじみとその新しさを感じるのだと思う。
 塩見先生の授業は、その前年に受けた松岡享子さんの集中講義とともに私の宝物になり、私は図書館の業界に入っていった。どこに行っても「私は日野の出身なんです」というのが名刺代わりになった。日野の図書館から受けた有形無形の恩恵ははかりしれない。ライブラリー・フレンズ日野の活動を通じて、恩返しができたらと思っている。



絵1 男の子が窓辺を背に、机に向って本を読んでいるところ

塩見昇氏講演会
「子どもたちの学びを支える学校図書館」
に参加して
 
 1月13日(土)、日野市民会館小ホールで開催された、日本図書館協会理事長 塩見昇氏の講演会(日野市の学校図書館をもっとよくする会と当会の共催)に参加されたお二人から感想を寄せていただきました。なお当日は参加者110名と大変盛況でした。是非とも早急に学校図書館に情熱のある専門の職員が配置されることを願わずにはいられません。
 私は横浜で、高校図書館の司書(臨時任用職員)をしているものです。大学時代、幸運にも塩見昇先生、小林卓先生の講義に学び、司書を目指しました。この講演会に参加させていただいたことに感謝し、ここで受けた感動をパワーにして、これからの図書館づくりに励みたいと思っております。
塩見先生のお話は、子どもたちの学びにとって、学校図書館が果たす役割がどのようなものであるか、頭の中にすっと入ってくるものでした。「どうして学校図書館に人を置かなければならないのか。そして、それはだれでもいいわけではない。」という言葉は、今の自分の状況に照らし合わせてみると、学校図書館にいることの責任を問い直させてくれるものでした。ユーモアを交えたエピソードなど、一つ一つが心に残りますが、とりわけ印象的だったのは、「今や日本中の図書館、世界中の図書館が一つの組織である。」、「図書館のあり方は学校教育全体のあり方である。」というお話でした。広い目で見ること、全体で見ることを忘れていた自分を反省するとともに、そのような大きなネットワークの存在があることを心強く思いました。
 そして、この度の参加で、〈日野市の学校図書館をもっとよくする会〉のみなさんに、温かく迎えていただいたことを本当に感謝しています。悩みに多少の違いはあっても、図書館で働く仲間として、いろいろな方たちと交流を持てるのはありがたいことです。図書館の集まりに参加させていただくと、どこへ行っても感じるのは、図書館をよくしようとしている人たちは、いい人ばかりだということです。「学び」を助けたいと思うことが、人々の喜びや幸せを願う気持ちにつながっているからでしょうか。
『子どもたちの学びを支える学校図書館』は、ずっと目指されてきた学校図書館の姿であり、学校図書館で働く人たちはもちろん、市民一人ひとりの願いであることを知りました。「学校図書館の活動を支える専任・専門・正規の学校司書制度を求める請願」が日野市で採択されたことは、その後に続く他の自治体にも道を作ってくれることでしょう。         (赤穂 智代)

 私が司書を目指す大きなきっかけとなったのは、今回講演をしていただいた塩見昇氏編著の『図書館員への招待』(教育史料出版会)との出会いでした。この本を読み、以前から興味のあった図書館にますます魅力を感じるようになり、どうしても図書館で働きたいと思いました。現在は念願叶って公共図書館で嘱託員として勤務しています。私に図書館員への道を示してくれた塩見先生の講演会が開催されることを知り、この日を心待ちにしていました。
 今回の塩見先生の講演は、学校図書館によって学校はどのように変わり得るか、そのためには学校図書館はどうあることが必要なのかを考えさせられる、とても興味深いものでした。中でも学校図書館のこれからの進展のためには、ただ図書館に人がいればいいというのではなく、利用者一人ひとりの求めに応じて、図書館の組織性をフル活用し、今その人が必要としている最も適切なものを提供する、力量と意欲のある専門職員(司書)が置かれることがまず第一歩であること。さらには、司書と司書教諭が声を挙げ図書館を生かした教育実践を追及し、図書館と協働で学校づくりをしていこうとする、学校ぐるみの共通意思が重要であるということに、深い共感を覚えました。というのも、私自身、以前公立の小中学校で学校図書館巡回司書(非常勤職員)として勤務していたことがあり、一週間ずつ三校を回るという勤務形態では、各校に携われる時間が少なくできることに限界があることや、学校教育への深い理解と先生方との十分な連携なくしては、学びを支える図書館の展開は難しいことを身にしみて感じたからです。現在、雇用の制度的根拠が希薄なことから、学校司書は各自治体独自の判断で、多様な身分、勤務形態で配備されていますが、学校図書館進展の第一歩として、学校図書館がそのはたらきを十分に発揮するためには専門職員が欠かせないことが認識され、全ての学校に「専任・専門・正規」の学校司書が配備されるようになることを願ってやみません。     
 この度、学校図書館をよくしていきたいとの熱い思いで活動をされてきた日野市民の方たちの声が届き、「学校図書館の活動を支える専任・専門・正規の学校司書制度を求める請願」が採択されたことをとても喜ばしく思います。図書館は市民の期待と要求によって成長していくのだということを改めて感じ、その期待に応え図書館を生かしていける司書になれるよう日々一層努力していこうと心に決めました。新たな第一歩を踏み出した日野市の学校図書館が、市民と司書と教員と行政との協働により、今後どのような発展を遂げていくのか大いに期待しています。(石田 里佳)

絵2 女の子と男の子がふたりで本を広げてみているところ

館長の司書資格問題 !!!!!

 昨年10月1日付けで、日野市立図書館創設以来初めて一般行政職の館長が就任しました。2000年の図書館設置条例改定の際、当初、理事者側は館長の有資格条項を撤廃しようとしましたが、当会による市長や教育委員会への取り組みにより、結局議会に一度上程した内容を修正し、第5条「図書館の館長は、図書館機能を達成するため、図書館法に定める専門的職員のほか館長として必要な学識経験を有する者とする。」(下線部分が追加された)と、館長の有資格を尊重する条項になった経緯があります。当会としてはこうした点を踏まえ、今回の館長人事について、市長に対して次のような要望書を提出しました。これに対し、1月25日付けで教育長名で回答がありました。市民への資料・情報の提供機関である図書館の最高責任者として、専門的な知識と豊かな経験を備えた司書有資格館長の必要性を強く感じる当会としては、この回答に大変疑問を感じています。今後もこの問題について改善を求め取り組んでいきたいと考えています。

日野市立図書館基本計画策定委員会情報
 これからの日野市立図書館のグランドデザインを描くべく、平成18年度中の策定を目指し、現在日野市立図書館基本計画の検討が進められているのをご存知でしょうか。当会からも2名、市民委員として参加しています。会議に先立ち、会議録は参加している委員の発言を記名の上、公開することが確認され、これを受け現在日野市立図書館のホームページ上に順次掲載されています。是非ご覧いただき、よりよい日野市立図書館作りのために、皆さんのご意見を市行政に伝えていきましょう。 http://www.lib.city.hino.tokyo.jp/hnolib_doc/tosyokankihonkeikaku/tosyokankihonkeikaku.htm

ルーマニアへ本を
 むすびめの会(図書館と在住外国人をむすぶ会)と当ライブラリー・フレンズ日野は共同で、日野市立図書館に対し、ルーマニアで日本語を学ぶ人たちに役立つような資料の提供を要請しました。これに対し、両会の要請趣旨に賛同いただき、日野市立図書館から多数の本(除籍本)を提供いただき、9月、早速ルーマニアに向け発送しました。12月1日、この船荷が約70日ほどの船旅を経て漸くルーマニアに到着したとの連絡が入りました。詳細はルーマニアビジネス日記 文化普及活動をご覧下さい。http://blogs.yahoo.co.jp/avancerom/folder/1033303.html

図書館員を憧れの職業No.3に!
‐有川浩:『図書館戦争』『図書館内乱』感想文‐
日野市立図書館 飯倉直子
 『図書館戦争』との出会いは2006年3月の見計らい…図書館が選書するために、取次と契約して送ってもらう新刊書…でした。タイトルのインパクトはスティーヴン・キングの『図書館警察』(1996.10)以来のもの。図書館員としては、読まずにはいられない!しかも日野市立図書館が登場するとあっては、購入せずにはいられない!
 そんな興奮状態で読み始めたのですが、さらに内容が〈図書館の自由に関する宣言〉。もうだいぶ昔、二十歳の頃にこの〈宣言〉と出会って図書館員を志した私の心は鷲づかみにされました。そして『図書館内乱』(2006.9)、『レインツリーの国』(2006.9)、「図書館内乱後夜祭」(『電撃hp』)、『図書館危機』(2007.2予定)と追いかけていくのでした・・・。
 私の心を鷲づかみにしたポイントは、図書館云々と関係ないところでも多数あるのですが、ここでは図書館員として特に3点を語らせていただきます。〜ネタバレしますので、未読の方はご注意ください。なお、この作品はフィクションですよん。

@『図書館戦争』のポイント
  その名も〈日野の悪夢〉と語り継がれる、日野市立中央図書館襲撃事件。公序良俗を謳う〈メディア良化法〉による一方的な検閲−それに唯一対抗できる〈図書館法〉を掲げる図書館への見せしめ、とされる事件。地下書庫に立てこもって応戦するも、図書館員に死者12名・負傷者多数を出した大惨事。この事件をきっかけに図書館は武装した図書隊制度を整備する。
  ああ、私の図書館が襲われている…と思いながら読みましたが、ついに落涙。だって、襲われた中央図書館は、「規模を拡大した新館で念願だった蔵書の増加も叶い、ことに書庫には貴重な郷土史の資料が大量に保管されてい」たのに。ある職員が、あれだけは、と持ち出そうとして脱出が遅れ、銃弾に倒れた。その資料は「郷土史に関する一冊で、市役所の資料室に収められていたものを稲嶺(館長)が長年の交渉の末に図書館に引き取ったものだった」のだよ!
  このくだりで、著者がおもしろ半分に図書館を題材にしているわけではない、と確信しました。

A『図書館内乱』のポイント
図書館員・小牧の幼い頃からの知り合いで、図書館常連の女の子・毬江。彼女は中学生の時に罹った病気により聴覚障害を持っている。彼女は小牧を信頼しており、彼の影響で始めた読書も、今では彼と本を紹介し合うことができるほどに、自分の生活の一部にしている。そんな毬江が小牧に勧められて『レインツリーの国』を読んだことが事件に。なぜなら、この本は聴覚障害の女の子が主人公の恋愛小説だったから。なぜだか、聴覚障害者に聴覚障害の登場人物が出ている本を勧めるとは配慮に欠ける、人権侵害だ、ということで。
設定事態が、図書館を陥れるための難癖・・・となっているので、全く難癖だ、と憤慨しながら読みましたが、やっぱり落涙。メディア良化委員会による、小牧を糾弾するための査問会なるものに、毬江が乗り込んでくる。そして一喝、「私がこの本を楽しんだことが差別されたことになるんですか?…障害を持っていたら物語の中でヒロインになる権利もないんですか?」と。
私は、ここを「私の読みたい本は私が決める」と宣言したように読めました。と同時に、〈図書館員の倫理綱領〉の第二「図書館員は利用者を差別しない」を想起しました。この項は、単に「利用者をその国籍、信条、性別、年齢等によって差別してはならない」だけではなく、「この人はこういう本を読みたがるはずだ、という決め付けをしてはならない」を含むと私は考えています。私自身、妊娠中に映画【バトルロワイアル】を観に行ったところ、「胎教に悪いんじゃないの…(空耳:妊婦が見るな)」と囁かれて大きなお世話だと思ったものです。
利用者の「私の読みたい本は私が決める」という誇り高い宣言と、〈図書館の自由の宣言〉は表裏一体だ、と感じました。

B全体を通じたポイント
  さて、私は〈図書館の自由の宣言〉に感銘を受けて図書館員を志したわけですが、世の図書館員たちは何をきっかけになったものでしょうか?ちなみに、この作品の主人公・笠原郁は…欲しかった本を買いに本屋へ行った時、〈メディア良化法〉による検閲行為でその本を奪われたが、乗り込んできた図書隊に本を取り戻してもらった…ことで、図書隊(図書館員としよう)に憧れたため。
  一般的に、図書館員のイメージは地味。下手すると変質者。私が知っている限り、最悪のイメージは女子:潔癖症で嫁遅れ(←死語)(向田邦子『阿修羅のごとく』NHKドラマ 1979放送)、男子:利用者の女性にストーカー行為をして懲戒免職(戸梶圭太『さくらインテリーズ』早川書房 2003.9)。先日、国立国会図書館のメールマガジンを読んでいたら、アメリカ合衆国でも図書館員といえば〈メガネ・お団子髪・ミドルエイジ・女性〉が定番イメージで、なんとフィギュアも販売されているらしいです。
  いかん!こんなことでいいのか!と図書館員が声をあげてみても、どうなるわけでもなし。ますますイメージが重視される世の中になっているというのに…。
そこに現れた『図書館戦争』。登場人物がみんなかっこいいのよ。〈図書館員〉なんて一括りにされず、熱血野郎、理論派、くせ者美女、優等生、武闘派…とよりどりみどり。著者のナイーヴな感情描写で、それぞれの裏にある人生まで読み取れるような人物造形。そして、図書館で働くということに対する強い使命感。これは絶対来るね。あと5年もしたら、『図書館戦争』を読んで図書館員に憧れました…という実習生が来るね。
実のところ、この一連のシリーズにおける図書館への最大の功績はここではないかと思うのです。図書館は、〈図書館員〉なる使命感溢れる人々により運営されている、という印象を与えたこと。(そして、図書館員は決して地味な変質者ではないということ。)
フィクションではなく、現実の図書館で働く私たちはどうでしょう?私たちの日々の仕事が守っているものを自覚しているでしょうか。〈メディア良化法〉は決して幻ではありません。武装という設定にとらわれてしまいがちですが、比喩として、それだけの覚悟があるのか、と自分に問いかけてみたいです。
図書館には〈図書館員〉がいます。図書館の将来を思えば、人の問題は大事です。ぜひ〈図書館員〉を憧れの職業No.3に押し上げましょう!(ちょっと謙虚)来たるべき実習生に恥じないように、図書館に使命感を溢れさせておきたいと思います。

絵3 花粉症(?)でマスクをした男性が本を読んでいるところ

☆この通信は点訳版もあります。ご希望の方は事務局までお申し出下さい。
三多摩図書館研究所のホームページ(http://www.hinocatv.ne.jp./~je1hyg/)の関係団体情報コーナーに、「ライブラリー・フレンズ日野(旧日野の図書館を考える会)」のページが掲載されています
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